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2009年11月14日土曜日

論文・エッセー・研究ノート・書評など

・「新しい時代にふさわしいメディアとは〜政権交代とメディア」『週刊金曜日』2010年1月22日号、 pp.14〜17.

・「社会調査におけるマルチメディア利用の実践と展望〜フィールドワークにおける映像データの取り扱いをめぐって」『社会学評論』第237号特集、2009年7月

・書評 「石原俊著『近代日本と小笠原諸島 : 移動民の島々と帝国』」『社会学評論』Vol.59, No.2(20080930) pp. 436-438

・「ハワイ学からみた米大統領候補オバマ人気の秘密」『JAL機内誌スカイワード』2008年3月

・書評「カミングアウトレターズ」『読書人』2008年2月29日付9面

・「メディアは伝えない・裏返しのメディア論14」『季刊民族学』116号2006年夏

・「ネット世界を遊行する芸能民は生まれるのか・裏返しのメディア論13」『季刊民族学』115号2006年春

・「時代の波にのった日本食(ハワイ)」「特集:日本料理を食べる人びと」季刊・民族学 114号2005年秋

・「エイズとともに生きる家族にむけられたビデオカメラのまなざし〜北タイの感染者家族を記録したドキュメンタリー「YESTERDAY TODAY TOMORROW」の世界〜裏返しのメディア論12」『季刊民族学』114 2005年秋

・「インターネットが伝える「地の民」のことばと歌声・裏返しのメディア論11」『季刊民族学』112号、2005年春号

・「料理は越えられない民族の壁か、異文化を結ぶ感覚のメディアか・裏返しのメディア論10」『季刊民族学』113号・2005夏

・「スタディーツーリズムとしてのフィールドワーク〜学生・市民が参加するフィールドワークの意義と課題〜」『観光』2004年11月

・「威厳ある一世の父を見つめる悩める二世のまなざし〜移民家族映画にみる世代間葛藤・裏返しのメディア論9」『季刊民族学』110号 2004年, 秋 pp77-78

・「リュミエール映画の興奮はもはや失われたか?〜 くり返される人類と映像との出会いの衝撃」『季刊民族学』109号、2004年夏

・「映像メディアは「正統」なるフラを伝承できるか〜裏返しのメディア論8」『季刊民族学』108号、2004年春

・「イヌイットたちをめぐる3つの映像がかたる過去、現在、未来〜「極北のナヌーク」から「氷海の伝説」そして小型ビデオカメラが捉える現場へ〜・裏返しのメディア論連載7」『季刊民族学』107号、2004年初春 pp.76-77 (単)

・「立体映像でみるエスノグラフィックな世界〜見せ物からヴァーチャルリアリティへ〜・裏返しのメディア論」連載6」『季刊・民族学』106号、2003年10月(単)

・「紙芝居からマルチメディアへ〜受け継がれるべき表現と技〜」「裏返しのメディア論」連載3『季刊・民族学』no.103, 2003.1 (単)

・「フィールドワークとしてのライフヒストリー研究の展開と課題−カウアイ島(ハワイ)日系人のライフヒストリー調査プロジェクトを事例として−」『Journal of Policy Studies』No.13, september 2002, pp.67-90. (共)

・「メディアが先住者を語るということ〜ラテンアメリカ映画監督ホルヘサンヒネスの主要3作品の日本語ビデオ化完成を期に〜・裏返しのメディア論・連載5」『季刊民族学』no.105, 2003.7

・「絶滅するメディアをみつめて〜マルチメディアCD-ROMの盛衰〜・裏返しのメディア論・連載4」『季刊民族学』no.104, 2003.4

・「映画が映画を語るとき〜ノスタルジーの向こう側に〜」「裏返しのメディア論」連載2『季刊・民族学』no.102, 2002秋 (単)

・「書評 大地にしがみつけ〜ハワイの主権回復を訴える」『サンケイ新聞』Sun, 25 Aug 2002 (単)

・「ポスト・コロニアルな時代に交錯する視線〜マーシャルローとパレステチナ自主制作ビデオ群〜」「裏返しのメディア論」連載1『季刊・民族学』no.101, 2002夏, pp.92-93. (単)

・メディアとフィールドワークは相性がよいか『書斎の窓』(有斐閣)2002年5月号 (単)

・「ビデオ案内・まなざしの変遷−フィルムの中の文化論」『Aera Mook・文化学がわかる。』朝日新聞社、2002年3月10日、pp.118-122. (単)

・「オルタナティブツーリズムとしてのスタディツアー〜その現状と課題〜」『開発教育』no.44, 2001.8 (単)

・「観光ハワイの誕生〜ワイキキの1世紀〜」『季刊民族学』97号 2001.8 (単)

・「アメリカと日本のはざまで〜ハワイ日系人のあゆんだ道〜『季刊民族学』97号 2001.8(単)

・「ビデオで犯罪学しませんか」『犯罪学がわかる』(AERA MOOK)NO.70, 2001年6月、(共)

・「フィールドワーク教育をめぐる動向と課題〜技法教育へのマルチメディア利用に向けて〜」『中央大学文学部紀要・社会学科』通巻188号、2001年5月、pp.113-160. (単)

・「開発批判からポスト近代観光へ〜ポスト・コロニアルな世界とオルタナティブ・ツーリズム〜」『国際交流』(国際交流基金)2000年10月、(単)

・「映像と思考の未来〜進化する映像と思考のネットワーク〜」大森康宏編『影絵からマルチメディアへの民族学〜進化する映像』千里文化財団(国立民族学博物館・特別展図録)2000年7月 (単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓(連載11回・最終回):メディア工房から巣立つ学生たち」『視聴覚教育』2000.3(単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓(連載10回):マルチメディア・レポートの作り方・続 〜生活史調査への応用事例〜」『視聴覚教育』2000.2(単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓〜連載第7回:授業への導入〜マルチメディア・レポートの制作指導」『視聴覚教育』99.11(単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓〜連載第3回:プロジェクトを組織する」『視聴覚教育』99.8 (単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓〜連載第2回:メディア工房の誕生〜マルチメディア制作の環境と組織を考える」『視聴覚教育』99.7 (単)

・「マルチメディア教育事始め〜メディア工房の経験と教訓〜連載第1回:マルチメディアの力」『視聴覚教育』99.6

・「フィールドワークにおけるメディアの活用と技法〜テープレコーダからマルチメディアまで」『コミュニケーション科学』11号、1999.10、(単)、(マニュアル資料)

・「境界集団の力〜民族集団の発展とホスト社会」『書斎の窓』No.483、1999.4 、単

・「ハワイ先住民の伝統的生活空間(アフプアアの再現」−コンピュータ3次元グラフィックスによる仮想空間の構築−『コミュニケーション科学』10号、1999.3

・「日常世界における映像の存在形態をめぐって−カンボジア・ラオス・雲南調査のフィールドノートから−」『コミュニケーション科学』10号、1999.3 (研究ノート)

・「インターネットを活用した遠隔教育実験およびその映像教材の開発−インターネット実験公開講座「ストリームカフェ」の実施と教材CD−ROMの制作−」『コミュニケーション科学』10号、1999.3 (解説)

・「多言語状況における異文化間紛争に関する歴史的考察−ハワイにおける日本語学校『試訴事件』(1923年)をめぐる分析」『国際社会における日本語についての総合的研究・研究論文集1』98年8月、pp.45-56(単)

・「統合化するメディアとコミュニケーション学教育」『私情協ジャーナル』Vol.6, No.4, 98年春, pp.4-5.

・「サイバーパンクもひとつの資産」『提言100〜オリンピックと大阪のまちづくり』大阪都市協会、98年5月,pp.42.

・「雲南「民族観光」覚え書き〜「雲南民族村」に見る少数民族のイメージ」『アジアを歩く』No.2, 98年10月,pp.28-31.

・"Migration and Opportunities of Higher Education: An Analysis on the Social Mobility of USP Students and Graduates among the Pacific Islands and the Pacific Rim Countries" Ken'ichi Sudo & Shuji Yoshida(Edts.) Contemporary Migration in Oceania: Diaspora and Network, Osaka: The Japan Center for Area Studies(JCAS), 1997.(共)

・「書評・吉野耕作著『文化ナショナリズムの社会学』名古屋大学出版局、1997年、『週刊読書人』

・「アジア稲作社会の映像資料」『出版ニュース』1997年5月 (単)

・「観光体験における2つのリアリティ」『地理』1996年12月(単)

・「陰謀組織論を超えて−クラン型組織の病理−」『時評』1996年8月(単)

・「近ごろのハワイ−マクア海岸のホームレスからみた世界」『書斎の窓』1996年11月(単)

・「社会学教育と映像利用」『放送教育開発センター研究紀要』1996年4月(単)

・「独占された視線−ミャンマーの人々は『ビルマの竪琴』をどう観たか・下」『少年育成』1996年4月(単)

・「独占された視線−ミャンマーの人々は『ビルマの竪琴』をどう観たか・上」『少年育成』1996年3月(単)

・「大阪をインターネット自由都市に」『21世紀大阪まちづくりフォーラム1995』(単)

・「アミオニ島奇譚」『まほら』95年7月

・書評「小熊『単一民族神話の起源』」『サンケイ新聞』95年7月

・「観光開発と先住民の町興し」『毎日新聞』95年

・「メディアがつくったハワイ」『毎日新聞』95年

・Can Tourists and Indigenous Communities Be Coexisting? : A Case Study on A Hawaiian Indigenous Community, In Search of Sustainable Development: Japan in the Circum-Pacific Area. Ibaraki University, 1995(単)

・「アメリカを読む10・辺境としてのハワイ、中心としてのハワイ」『創文』1994年10月代59号(単)

・「映像コミュニケーション−そのひろがりと展望」『コミュニケーション科学』1994年1号(単)

・「同時代人としての先住民」『月刊Asahi』Vol.5, No.5, 1993年12月 (単)

・「アメリカに刺さった鋭いトゲ−ハワイ先住民」『イマーゴ』1993年10月号(単)

・「映像メディアを利用した社会学テキストの開発」『現代の高等教育』No.349,1993年10月(単)

・「エスニック・イメージの形成と近代メディア2−近代日本の新聞メディアにおける朝鮮人イメージの形成過程(戦前期)」『放送教育開発センター紀要』第8号1993年3月(単)

・「私たちは観光資源ではない−ハワイ先住民問題の現状と課題」『月刊ヒューマンライツ』1992年6月号(単)

・「太平洋地域における遠隔高等教育の実態調査−南太平洋大学の遠隔教育システムと学習者の社会移動に関する研究」『学術月報』Vol.45, No.4, 1992(4), pp.32-36. (共)

・「エスニック・イメージの形成と近代メディア−ハワイ先住民のイメージ形成におけるメディア・観光産業の影響と支配」『放送教育開発センター研究紀要』第6号1991年(単)

・「タイ新興ミドルクラスとその予備軍としてのSTOU出身者−そのライフスタイルと価値指向をめぐって」『タイ社会の変貌と遠隔高等教育の展開』放送教育開発センター研究報告36-1991-5,1992年4月 pp73-102. (単)

・「ニューメディアに騙されて−メディアと教育の危うい関係」『国語通信』筑摩書房, No.5, 1991, pp.26-29.

・「タイの新興「ミドルクラス」のライフスタイルと価値指向−タイ公開大学(STOU)の学生・卒業生に対する訪問調査より−」『放送教育開発センター研究紀要第4号』1991年1月

・「AVフィールド調査の論理と技法」『放送教育開発センター研究報告22-1990-6 タイ国スコータイ・タマチラート公開大学における学生・卒業生の実像』1990年6月、pp.133-141(単)

・「海外日本語学校をめぐる文化摩擦の歴史的源流−ハワイにおける「試訴事件」の構造分析」 『異文化間教育』第4号、1990年5月、pp.127-139.(単)

・The Relegation of Patients to Long-term Care: The Kuakini Experience. Hawaii Medical Journal, Vol.49, No.4, (4)1990,(共)

・「遠隔学習者の情報能力と自己イメージ:情報能力格差モデルをめぐる実証的研究」『放送教育開発センター紀要』No.2、1989年、pp.43-67(単)

・「民族意識の高揚と伝統農法−ハワイにおけるタロ栽培による民族教育運動」『農耕の技術』
No.12,1989,pp.115-124.(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第12章 ホスト社会構造と民族的機関−差別と相互依存の民族関係」『汎』No.13、1989(7)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第11章 日本人病院と民族コミュニティ−移民社会の組織論」『汎』No.13、1989(7)、(単)

・「多民族複合文化の島の「村起こし」運動−マイノリティの誇りと土地への愛着を秘めて(ハワイ、ワイアナエ)」、『ひょうご部落解放』Vol.35、1989(6)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第十章 太平洋戦争下の日本人病院−軍による接収と機関解体の危機」『汎』No.12、1989(4)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第九章 新館建設運動と天皇ナショナリズム−恩賜記念館の建設」『汎』No.12、1989(4)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第八章 移民社会の老人問題−養老院の開設と患者生活」『汎』No.11、1989(1)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第七章 医療技術革新の波及−追いつけ追い越せ思想の系譜」『汎』No.11、1989(1)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第六章 新病院の建設」『汎』No.10、1988(9)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第五章 リリハ街への移転と経営路線論争」『汎』No.10 1988(9)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第四章 日本人病院の建設と当初の活動」『汎』No.10、1988(9)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第三章 ハワイ日本人慈善会の活動と発展−ペスト焼き払い事件と病院建設案」『汎』No.9、1988(6)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第二章 黎明期の日本人社会事業とハワイ日本人慈善会の結成」『汎』No.9、1988(6)、(単)

・「ハワイ日本人病院複眼考−ホスト社会構造論 第一章 日本人病院以前の日本人医療」『汎』No.9、1988(6)、(単) 

・「高度情報化社会の先駆的学習者たち:パソコン通信学習指導利用者の意識調査より」『MME研究ノート NO.50、1988(2)(単)

・「CATV市民大学講座評価調査結果を読む」『MME研究ノート』(単)

・「複合文化社会に生きる:ハワイにおけるサモア人の場合」『汎』NO.6,1987(9)、(単)

・「遠隔教育における新型学習センターモデルとニューメディア利用の学習指導研究」『MME研究ノート』NO.42、1987(5)、(単)

・「日系を凌ぐ韓国系移民躍進の背景」『翻訳の世界』VOL.12,NO.11, 1987(11)(単)

・「複合文化社会はリサイクル社会」『ちくま』1987(6)、(単)

・「在日朝鮮人のエスニック・アイデンティティ形成と複合文化状況」『在日朝鮮人史研究』No.16,1986年,(単)

・「花のちから:レイの民俗誌」『市民大学講座:現代社会の読み方』1986年、pp.17-24.(単)

・「国際化時代の子育て:複合文化の家族論」『市民大学講座:現代社会の読み方』1986年、pp.51-58.(単)

・「コメから見たアジア:米食の社会学」『市民大学講座:現代社会の読み方』1986年、pp.59-68.(単)

・Newspaper Images of Seven Asian and Pacific Nations. Australian Journalism Review, Vol.7,Nos.1 & 2,1986.(共)

・「アジア太平洋における遠隔教育」『MME研究ノート』No.31、1986(6)、pp.38-63.(単)

・「異文化マイノリティ・ソーシャルワークの目標と課題−異文化間コミュニケーション論の立場から−」『ソーシャルワーク研究』1986(1)、(単)

・「複合文化性と人間開発」大阪府企画部青少年対策課『青少年問題研究』No.35,1985年、(単)

・Information flow and intercultural images through content analysis. International News Flow and Intercultural Images: An Interdisciplinary Study of Newspapers of Seven Asian and Pacific Countries.Unpublished paper for International Communication Association Conference 1985.(共)

・「少数者としてアメリカを生きる」『兵庫部落解放』No.18、1985年(共)

・「内容分析的手法による民族関係分析の試み」(下)『関西学院大学社会学部紀要』第48号、1984年、(単)

・「書評:Koreans in Japan: Ethnic Conflict and Accommodation.」『兵庫部落解放』第15号、1984年、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第19回−複合文化型社会をめざして」『少年補導』1984年11月、pp.52ー60、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第18回−ものの流れのゆきつく先」『少年補導』1984年11月、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第17回−老人たちのKPT」『少年補導』1984年10月、pp.56-64、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第16回−ケッタイな訪問者(下)」『少年補導』1984年9月、pp.60ー67、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第15回−ケッタイな訪問者(上)」『少年補導』1984年8月、pp.78ー84、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第14回−神々の若い継承者たち」『少年補導』1984年7月、pp.50ー58、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第13回−複合文化社会の中で差別を考える」『少年補導』1984年6月、pp.52ー59、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第12回−複合文化型人間のための子育て論」『少年補導』1984年5月、pp.50ー57、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第11回−複合文化社会の子育て」『少年補導』1984年4月、pp.58ー64、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第10回−入れものとしてのクヒオ・パークテラス」『少年補導』1984年3月、pp.52ー59、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第9回−ディレクター・ジミーの挫折」『少年補導』1984年2月、pp.68ー75、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第8回−複合文化型人間の夢」『少年補導』1984年1月、pp.54ー63、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第7回−フードバンク管理の顛末」『少年補導』1983年12月、pp.70ー75、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第6回−ジャンクフードと子供たち」『少年補導』1983年11月、pp.50-57、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第5回−適応する側させる側」『少年補導』1983年10月 pp.70-77、

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第4回−移民の街カリヒ」『少年補導』1983年9月、pp.70-75、(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第3回−ベッド運びのこと」『少年補導』1983年8月、pp.68ー75、

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第2回−スラムのイメージ」『少年補導』1983年、7月(単)

・「多民族複合文化の社会と福祉:ホノルルの下街から第1回−スージーの場合」『少年補導』1983年、6月、pp.58-65、

・「1970年代の日本の実証的マス・コミュニケーション研究の動向:多変量解析による類型化の試み」1983年度日本新聞学会大会報告書、(共)

・「内容分析的手法による民族関係分析の試み」(上)『関西学院大学社会学部紀要』第47号、1983年、(単)

・「朝鮮同化政策と社会学的同化(下)−ジャーナリズムをとおしてみた日韓併合時の民族政策論の構造−」『関西学院大学社会学部紀要』第46号、1983年、(単)

・「朝鮮同化政策と社会学的同化(上)−民族・マイノリティー政策の分析枠組−」『関西学院大学社会学部紀要』第45号、1982年、(単)

・「3・1独立運動と日本の新聞」『新聞学評論』第30号、1981年(単)

・「少年非行に臨む第三の道:暴走族と立ち向かう」(3)『少年補導』vol.26,no.6,1981、(共)

・「少年非行に臨む第三の道:少年審判への危機介入」(2)『少年補導』vol.26,no.5,1981、(共)

・「少年非行に臨む第三の道:非行少年を組織する」(1)『少年補導』vol.26,no.4,1981、(共)

・「日韓併合時の新聞報道と在日朝鮮人像」『在日朝鮮人史研究』no.4,1979.(単)

翻 訳:

翻訳:ジェフリー・ライツ『カナダ多民族社会の構造−エスニック集団はなぜ存在するか』晃洋書房1994年(共訳)

・E.E.ワーナー「カウアイ島の子供たちの成長記録」『サイエンスScientific American』、日経サイエンス社、1989(6)(単)

・D.ブーアスティン「国際交流の神話と現実」『国際交流』1986(11)(単)

・L.J.ヘインズ「イギリス公開大学のニューメディアの研究開発と活用」『MME研究ノート』No.31、
1986(6)、PP.3-32.(単)

・M.デクスター他「世界のホームヘルプ」『ホームヘルプ・サービス』相川書房、1985(単)

・D.マクィール『コミュニケーションの社会学』川島書店、1979(共)